デモにて13

国会前に12万人集結。周辺地域にも人があふれ延35万人という主催者発表。


8月30日(日) 戦争法案廃案!安倍政権退陣!8.30 国会10万人・全国100万人大行動


 

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13時のスタートにすでに沢山の人。車道はまだ規制中です。

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歩道から規制を超えて車道に出ろという指示。YouTubeに上がった映像を見るとここの決壊を起点にして呼応するように各所からなだれ込んだよう。

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車道に出た。

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国会議事堂中央正面へ。後ろを振り返っても人、人、人。動けない。

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ヘリ3機。

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最後は雨が激しく。

野党の政治家や著名人のスピーチがあったが、坂本龍一氏の登壇で国会前はどよめいた(スピーチ全文)。

「僕たちにとっては、イギリス人にとっての『マグナ・カルタ』であり、フランス人にとっての『フランス革命』に近いものが、今、ここで起こっているのではないかと思っています。」

 

SEALDs KANSAIの寺田ともかさんは、参院強行採決後に行われた7月15日大阪・梅田駅での緊急街宣アピールで、おそらく最も印象的なスピーチをした人だ。今日の国会前でも、山本太郎議員が取り上げたイラク戦争でのファルージャ総攻撃の「戦争犯罪行為」について言及した(スピーチ全文)。

「これらの米軍の行為は戦争犯罪ですよね?と山本太郎議員に問われた安倍総理は、これに答えることができませんでした。『事実確認ができないので、戦争犯罪だと断定することはできない』という理由でした。

だったら私が代わりに答えます。イラクでの米軍の無差別殺人は戦争犯罪です。

私はこの法案が通ることによって、こういった殺人に日本が積極的に関与していくことになるのではないかと、本当に居ても立ってもいられない思いです。すべての命には絶対的な価値があり、私はそれを奪う権利も奪うことを許す権限も持っていません。」

デモにて12

首相が邦人の母子を運ぶ米艦のイラストを見せながら国民感情に訴えた集団的自衛権(そもそ市民を米艦で運ぶなどあり得無い)。中谷防衛大臣は8月26日の答弁で、半島有事における米艦防護について「邦人を輸送していなくても防護の対象になる」と述べた。デタラメばかり。それは直ちに我が国の存立を脅かす「存立危機事態」でもなんでも無いではないか。9月11日に参院で可決の線も。SEALDsのコールに「国民なめんな!」というのがあるが…。


8月28日(金) 戦争法案に反対する国会前抗議行動


霧雨。降ったり止んだり。

30日の「国会10万人行動」を前になんとなくそわそわと落ち着かない感じ。

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人が集まり始める頃。

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熱いコールが続く。今日のスピーチは地方から参加したふたりを含め男子学生ばかり3人。熱かった。

 

長崎出身で、この夏に広島長崎をまわるツアーを企画したSEALDsの林田光弘さんのスピーチから。

「僕の尊敬する被爆者のやすさんからもらった宿題があります。『たった一つの命だから、これに続く言葉を考えてごらん。』僕は、たった一つの命だから、どんな命にも誠実でありたい。この手に拳銃でなく、他者の手をとり、命を奪うのではなく、命を守りたい。」

戦争体験者が繰り返し語りかけたのは「平和」という言葉。

「思い出したくもないのに僕らに伝えるために語ってくれた自らの戦争体験から出る『平和』という言葉、安倍さんが軽々と語る『平和』よりもずっと重いものを僕らは背負っています。」

 

学者の会からは香山リカさんのスピーチ。ドイツの精神医学会が行なった「ナチ時代の患者と障害者達」の報告を日本精神神経学会で紹介したパネル展示について。ナチス支配下では精神障害者や知的障害者約20万人も虐殺されたのだが、2010年にドイツの精神神経科医3000人が虐殺の責任をとって追悼式典を行ったことに触れ、安倍首相の70年談話を批判した。

「それを、なぜ安倍首相たちはできないのか。なぜできないのか。私は、それは恐いんだと思います。」

 


8月30日には全国250カ所以上で抗議行動が行われる。『戦争法案廃案!安倍政権退陣!8.30 国会10万人・全国100万人大行動』

レモンの3

8月30日はやはりいつものように戦争法案(安全保障関連法案)反対のデモに行きます。参院で9月11日に法案を可決させようという動きもあり、また少なくとも「60日ルール」の成立が9月14日ですから、今回の国会包囲デモは戦争法案廃案にむけての山場となります。

安倍内閣になってから、国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護法制定、武器輸出3原則原則廃止、他国軍への支援を解禁するODAの決定と、積極的平和主義(ガルトゥング博士の唱える積極的平和ではなく)の具体化が進んでいており、この戦争法案は、今春改定された日米ガイドラインによって日本が戦争への道を開くパズルの「最後のひとつのピース」となります。今はまさに「民主主義」の危機であり私たちの「民主主義」が今ここで問われているのです。

私たちの国は立憲主義を携え民主主義国家となり、今年で戦後70年を迎えたわけですが、民主主義国家でさえあれば無条件に「民主主義というもの」が存在しているのではなく、自らが主体的に、そして意識的にそれを選択することで初めてこの場所に「民主主義」が立ち現れるものだと思うのです。

私は3.11以降、反原発のデモなどにも足を運んで来ましたが、2カ月程前の6月19日にSEALDsのデモに参加し、初めてそのことを体感し理解しました。これが私自身の「民主主義」が始まって16回目のデモへの参加になります。

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デモにて11

お盆明けで参議院での審議が再開。自衛隊の統合幕僚監部作成の内部文書問題紛糾。「積極的平和」を提唱したノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥング博士来日。山本太郎議員の示した第三次アーミテージ・ナイ報告書。安倍首相の蓮舫議員への「どうでもいいじゃん」発言。戦争法案に反対する創価学会員の公明党への圧力と彼らに対する圧力。


8月21日(金) 戦争法案に反対する国会前抗議行動


月の美しい夜。秋の気配。

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内田樹氏曰く、安倍政権を支持し、安保法制に賛成して自衛隊を海外に派兵することが、国威の発揚のチャンスであるとともに、ビジネスチャンスであると信じている人たちが今の日本の指導層を形成しており、「戦争」を可能とするためには平和憲法が最大の妨害であり、立憲デモクラシーが非効率だと思っているのだと。悲しいかなこれが日本という国の現実だ。それは実は米国のニーズにも叶うものでもある(2012年の第三次アーミテージ・ナイ報告について)。

終戦の日、あるいは敗戦の日からここ2週間ほど気になっていることがある。私たちのような安保法制反対派はもちろんだが、安保法制の賛成派も自民党支持者で自民党改憲案に賛成する人も、みな「戦争には反対だ」と言うのだ。

「戦争」の定義は人によってまちまちである。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏によれば「戦争」には「日本が戦場になる戦争」と「日本が戦場にならないと期待できる戦争」の二つがあり、前者を避けるために後者の戦争を肯定することを「戦争回避」と呼ぶ人もいるとのこと。

集団的自衛権の行使を認め、地球の裏側まで行って米国の後方支援と称する兵站に従事するのは「日本が戦場にならないと期待できる戦争」に参加することである。そのことにより自衛隊員は日本以外の国の戦争で命を落とし、またそこで戦争で人の命を奪うことになる。私はそれを許す人間に対し、彼らが「戦争反対」論者だとは絶対に言わせない。

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蓮舫議員が指摘するように、現在審議を進めている個々の法案には一切歯止めがない。10の法案をひとつにまとめて審議が不十分なまま強行採決するのも、また法案に歯止めを掛けたくないのも当然同じ理由であり、要するに「平和安全法制」が「平和」のためではなく、「戦争」を可能にするための「戦争法案」であるからに他ならない。彼女の執拗な追求に、安倍首相は思わず「そんなことどうでもいいじゃん」と、すでに単なる幼稚なヤジと見過ごせない国民にとっての暴言を吐いた。

SEALDsの本日のコール「どうでもいいなら総理をやめろ!」


8月23日(日) 戦争法案に反対する全国一斉行動 〜表参道デモ〜


昨日のこと、銀座で安保法制に賛成する人たちのデモ行進に遭遇した。300人ぐらいはいただろうか。一人ひとりが国旗を手にし年齢層は高かった。旭日旗は無かったが、あからさまに中国を名指しで非難するプラカードをあげていた。

いわゆる「中国脅威論」というのがある。これは日本政府が国内の不満を逸らすため中国の脅威を過度に煽っているに過ぎない。だが中国にとっての反日プロパガンダも全く同じ理論で成り立って訳であり、結局は日中両国民ともが日中両政府に利用されているだけにすぎない。そもそも中国や北朝鮮からの防衛について言えば個別的自衛権で対応する話であり、まずは今回の安保法制における集団的自衛権とは全く関係の無い話であり、それを今回の法案の根拠にするのは筋違いである。

さらに言えば、集団的自衛権を行使し米国の戦争を共に戦うことによって中国の脅威を担保するのは間違いだ。アメリカが中国/日本間で戦争に至る事態が起きた時、米国が日本と共に中国と戦うかどうかについては甚だ疑問である。周知のように米国の参戦には米国議会の承認が必要で、その戦争が米国の国益に叶わないとすれば彼らは決して動かない。ただの島である尖閣諸島を巡り、米国が中国という大事な貿易相手国と戦争するメリットは無い。逆に今回の安保法制によって憲法9条を解釈改憲することによって、日本は米国から戦争参加への要請を断る理由が全く無くなってしまうのだ。

さて前置きは長くなったが、今日8月23日は全国64箇所で戦争法案に反対する行動が行われた。SEALDsとT-ns SOWLの先導するデモの最後尾について、青山公園から外苑前→表参道→原宿と歩いた。デモ参加者は6500人。

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17:00 スタート地点。後方に続く人たち。意外(?)に楽しそう。

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表参道に向かうところ。三色旗は公明党に反旗を翻し戦争法案に反対する創価学会の人たちだ。その後この隊列に加わって一緒に歩いた。

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原宿に向う沿道には本当にたくさんの人たちが足を止め見守ってくれていた。写真もたくさん撮られたが、そういうことも含めデモの意義でもある。

安倍総理は来月3日に中国で行われる「抗日戦争勝利70年」の記念行事に参加をせず、予定されていた習近平国家主席との首脳会談も見送る考えを示した。外交とは何のためにあるのか。総理が求める「積極的平和主義(Proactive Contribution to Peace)」ではなくガルトゥング博士が唱える「積極的平和(Positive Peace)」へ私たちは向かいたい。

「60日ルール」*が成立するのは9月14日。8.30の国会包囲デモは戦争法案廃案に向けての山場になる。

*60日ルール:衆議院で可決され参議院に送付された法案が60日以内に議決されない場合、衆議院は参議院が法案を否決したものとみなす憲法59条4項の規定。衆議院は再議決により法案を成立させることができる(59条2項)。

そういえば最近またヘルマン・ゲーリング(Hermann Wilhelm Göring)の言葉があちこちで聞かれるようになった。ニュルンベルク裁判中のゲーリングへの聞き取りが、心理学者G.M.ギルバート著の『ニュルンベルク日記』に記されている。ゲーリングは死刑判決の後に服毒自殺。

「普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ」

Naturally, the common people don’t want war; neither in Russia nor in England nor in America, nor for that matter in Germany. That is understood. But, after all, it is the leaders of the country who determine the policy and it is always a simple matter to drag the people along, whether it is a democracy or a fascist dictatorship or a Parliament or a Communist dictatorship.

Voice or no voice, the people can always be brought to the bidding of the leaders. That is easy. All you have to do is tell them they are being attacked and denounce the pacifists for lack of patriotism and exposing the country to danger. It works the same way in any country.

In an interview with Gilbert in Göring’s jail cell during the Nuremberg War Crimes Trials (18 April 1946)

ライブにて

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@アケタの店 宅 Shoomy 朱美 さん( p.vo )と吉野弘志さん ( b ) 8月9日

こういう組み合わせなら絶対聞きたい!ということで今回シューミーさんは吉野さんとの初デュオだそうです。「緊張してます」と言っていましたが、いつものように曲ごとに譜面を渡すマイペースなシューミーさん。

写真は後半に入ってフリーの「まわるまわる目がまわる」(譜面が写っていないので、たぶん)。吉野さんバージョンは味わい深かったですね。その後からピアノとベースと歌のドライブ感がぐっと上がりました。すごく素敵。楽しかった。

そういえば、この位置だとピアノに隠れて顔が見れない(笑)なんとなく色々と思い出すことありで、会いたい人ありかな。

昨日は3月の埼玉の展示の打ち合わせ。古いお茶屋さんの店舗で。さてどうするか。それからGallrie SOLでの展示が始まりました(27日木曜日まで)。

デモにて10

戦後70年首相談話は閣議決定された。空虚な文言に包まれた…。
そして8月15日。


8月14日(金) 戦争法案に反対する国会前抗議行動


突然の激しい雨は真夏のアスファルトの熱を奪い、いつものデモの時間には少しだけ冷んやりとした風が流れている。お盆休みの金曜日、国会前にはいつものように多くの人たちが集まっている。いや、北側の歩道に立つ人はいつもより多いくらいではないか。適当な場所を探しあぐねて右往左往してしまった。なんとなく6月の頃のデモの風景を思い出した。

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普段のSEALDsデモでは見かけないいでたちの数名が、明らかに無作法な態度でデモの参加者にマイクを向けている。見かねた警察官に促されその場からは移動したが、程なく別の場所で言い争いが聞こえた。要するに彼らはネトウヨ仲間で、パソコンを抱えSEALDsデモをネット中継しようとやって来たらしい。

SEALDs単独のデモの場合、参加者と警察が揉めることは殆どない。人員をやや持て余し気味な警察2隊分20名があっという間にネトウヨたちを取り囲む。普段は過剰警備でデモへの妨害行為をしているとしか思えない国家権力も、今日のこの瞬間は私たちにも平等に働いてくれているように見えた。

ネット上では顔が見えない彼らの素顔をまじまじと見てしまった…。残念ながらほぼネットのイメージ通りの人たちだった。デモ参加者の「帰れ!」コールに押し出されるように、まあ、やはり威圧的で一方的な言葉を撒き散らかしてその場から退散していった。

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今日は対岸のエリアから道路を挟んでSEALDsデモを眺めた。これも6月以来のこと。

デモが始まるほんの1時間ほど前、安倍首相の戦後70年談話があった。ただ冗長で、内容は寒々しいものだった。少しだけ飾り付けられてはいるが(融和的とも言えるが)、結局のところ侵略戦争と植民地支配には何の反省もない、何のお詫びの気持ちもない、普段の自説の繰り返しに過ぎなかった。未来志向という彼らが、全体として何を切り捨て、何を進めたいのか(進めているのか)をみれば、例えば中等教育、高等教育に対して政権がどのような縛りをかけているのかを考えれば、その思考は単純に戦前の国家主義に回帰していることは明らかなのだが…。そして首相の掲げる「積極的平和主義」が、平和学者のガルトゥングが提唱する、つまり貧困、抑圧、差別といった構造的な暴力のない状態を意味する「積極的平和」とどれだけかけ離れているのか。

どうか若者たちの心の底からの叫びに耳を傾けて欲しい。私たちの国の首相はすでに聞く耳を持たないだろうが、せめて安保法制の容認を唱える大人には聞いて欲しい。彼らを取り巻く状況の変化について耳を澄ませ、彼らの言葉の一字一句に想像力を働かせ、未来に対する希望を語る彼らの言葉を真摯に、愛情を持って受け止めて欲しい。彼らの思考は単純な善悪の二元論をよりどころにしているわけではではないのだ。

長棟さんのスピーチ

「どうか、誰かは言う、「綺麗事」「理想」をここで叫ばせてほしい。

 戦争はしたくない。人を殺したくない。殺されたくない。武力ではなく、対話を。

この叫びが綺麗事であってたまるか。

明日は終戦から70年目の日です。終戦の前に亡くなったたくさんの命。終戦を迎えたにも関わらず、失われたたくさんの命。戦争を生き抜いて、私たちに命を受け継いでくれた命。そして私たちの命があります。

先の戦争は間違っていました。私は日本人として、何より人間として、戦争を繰り返してはならないという意思と責任を、たくさんの命から受け継いだのです。二度と繰り返してはならない。このために私は行動するのだ。」

何度も繰り返すが、私が始めて参加した6月半ばのSEALDsデモは300人を少し超える程度の人数だったのだ。今日のデモの参加者は8000人。一般的に思われているような、反対ありきの殺伐としたデモはここには無く、むしろ何か親密で暖かい空気すらこの場所で発生し共有されているのを感じた。

この日、奥田さんがスピーチで紹介した86歳の元海軍飛行予科練習生から寄せられた新聞への投書記事「学生デモ、特攻の無念重ね涙」に皆が涙した。

「安保法案が衆院を通過し、耐えられない思いでいる。だが、学生さんたちが反対のデモを始めたと知った時、特攻隊を目指す元予科練(海軍飛行予科練習生)だった私は、うれしくて涙を流した。体の芯から燃える熱で、涙が湯になるようだった。オーイ、特攻で死んでいった先輩、同輩たち。『今こそ俺たちは生き返ったぞ』とむせび泣きしながら叫んだ。

山口県・防府の通信学校で、特攻機が敵艦に突っ込んでいく時の『突入信号音』を傍受し何度も聞いた。先輩予科練の最後の叫び。人間魚雷の『回天』特攻隊員となった予科練もいた。私もいずれ死ぬ覚悟だった。天皇を神とする軍国で、貧しい思考力しかないままに、死ねと命じられて爆弾もろとも敵艦に突っ込んでいった特攻隊員たち。人生には心からの笑いがあり、友情と恋があふれ咲いていることすら知らず、五体爆裂し肉片となって恨み死にした。16歳、18歳、20歳…。

若かった我々が、生まれ変わってデモ隊となって立ち並んでいるように感じた。学生さんたちに心から感謝する。今のあなた方のようにこそ、我々は生きていたかったのだ。」

「その場にいた警察官が何度も涙をぬぐっていた」というツイートがあったが、まんざら嘘ではないと思う。今日は少し離れた場所で座っていた私の前を通り過ぎた警察官は、確かにSEALDsのコールを一言呟いたのだ。職務としては確かに叱責を免れなかろうが、警察官も自衛官も国家権力であると同時にひとりの個人であり人間である。自衛官ひとりの命でも粗末に扱って良いわけがないのだ。国内でテロが起これば市民も警察官も巻き添えを食うだろう。それは前回8月7日のの山本さんのスピーチにもあった。

「『日本の安全保障のために多少の犠牲やリスクはやむを得ない』っていう日本語のおかしさがわかりますか?
(本来)国がすることは、誰一人も死なせないし誰一人も人を殺させないことでしょう。それが国のさせることでしょう。誰一人として犠牲になっちゃいけないんですよ。国を守るんじゃなくて国民を守るんですよ。」

展示のお知らせ(2015年8月)

展覧会は終了しました。お暑いところ足をお運びくださいってありがとうございました。

8月18日(火)より、日頃お世話になっている銀座のGallrie SOLの企画『極小展 in Summer』(F0サイズの小品展)に参加します。私はペインティング2点と写真1点を出品します。

P1000856《Small Piece / Peace for the March(ミモザ)》2012年 紙 アクリル
《for the March》 2013年 digital print

 

左2点は2011年3月の震災を受けて翌2012年に制作したペインティング。ミモザは3月の花。この時期にはミモザの枝を部屋に飾るようにしています。右の写真がそれです。

なお、この作品には1分間の祈りを捧げるためのビデオがあります。

《Small Piece / Peace for the March》

震災、そして原発事故から4年半。私たちはあの時感じたいろいろなことを忘れてしまったのではないかと、ふと不安に駆られます。川内原発は十分な対策もとられぬまま政権の意向ので再稼動してしまいました。今回の安保法制も原発問題も同じ根のもとにあるのではないでしょうか。あの時のことを忘れぬよう、何度でも思い出すよう。小さな展示ですが、敢えてこの時期にこの作品を展示します。

そして8月15日には静かに祈りを捧げて、戦争の無い未来への想いを分かちあいたいと思います。

 


展覧会名: 極小展 in Summer
日時:   2015年8月18日(火)〜8月27日(木) 11:00〜19:00(最終日17:00)会期中無休
会場:   Gallrie SOL
〒104-0061 東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル6F(地図▶)tel.03-6228-6050 fax. 03-6228-6059
東京メトロ有楽町線 銀座一丁目駅 5番出口より徒歩3分 東京メトロ銀座線 京橋駅 3番出口より徒歩5分


残暑の厳しい時期ですが、お近くにお越しの際は是非Gallrie SOLお立ち寄りください。基本的に会場には居りませんがメール等でご連絡をいただければお会いできるかなと思います。中根

 

デモにて9

暑い夏になる。8月6日「広島平和宣言(広島メディアセンター)」9日「長崎平和宣言」「被爆者代表のスピーチ」。核兵器のない未来、戦争の無い未来を願って。しかし川内原発は再稼働される。


8月7日(金) 戦争法案に反対する国会前抗議行動


このところずっと封鎖されていた国会前の横断歩道も今日は開放されている。SEALDs単独のデモは久しぶり。

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8月に入り、デモ日記を書き始めて1ヶ月半ほど経つので、SEALDsについての自分の立ち位置を簡単に記しておく。以下はFB上での友だちとのやり取りの中で書いたことをまとめ直したもの。

6月19日に初めて彼らに国会前のデモに参加し、その時のデモ参加者の人数は300人ぐらいだったのだけれども、その潜在的なパワーに驚いたし、それは私には魅力的に映った。SEALDs自体は6月から行動を開始したばかりの団体だったので(SASPLという秘密保護法に反対した学生の会が前身ではあるが)、私としては早い時期に彼らの動きに注目をした方だろうと思う。その時、直感として「何か」が動くなと思ったし、それ以来彼らの行動の趣旨とその手法に対しても共感を持って見ている。だからデモ参加者として賛同の気持ちを持ってその場所に赴くし、同時に彼らの運動がどういう軌道を描き、それがどのように世間に受け入れられるか(あるいは受け入れられないことについても)について、彼らに敬意を払いながらリアルタイムに「観察」をさせてもらっている。

その後程なく彼らはSNSやマスコミで取り上げられ、週を追うごとにデモへの参加人数が増えるが、一方でそれが1000人、10000人と増えた時、いろいろと軋みが生じることの予想はついたし、ネトウヨなどは振り切れるだろうけれど、この形態での運動の在り方は、まさに自分と同じ世代、つまり働き盛りの男性層(自分は残念ながらそこに含まれていないのだけれども)と感覚的に抵触するだろうことも初めから想像していた。実際にその世代がデモへ参加することは少ないし、それは単に忙しすぎるだけでもないと思う。行動が広がりを持つ過程で発生するエネルギーに対して感じる「得体の知れなさ」や「気持ちの悪さ」の感覚も同世代としてもわからない訳でもない。

SEALDsのメンバーたちは、自分の身体感覚を大事に自分自身が選択した言葉で私たちに語りかける。それが共感を持って多くの人に受け入れられているし、一般に思われている大学生のイメージ(?)よりも安全保障や集団的自衛権についてもはるかに広い知識を持っている。デモの場で彼らの発する言葉ひとつひとつを受け取るのは素敵なことだ。だが、報道やネット上にそれが流れる時、彼らの発言の一部(身体の一部と言っても良いかもしれない)を切り取ってしまうことで、それが見えづらく伝わりづらくなってしまうのは残念ながら仕方がないことかもしれない。

ところで、SEALDsという集団を本当の凄さは、すでにネットを通して知られるあの「コール」(それはもう従来型のシュプレヒコールとは全く別物)に於いて、「民主主義ってなんだ?」という「問い」を図らずも発見してしまったことにあると思う。私たちの世代(バブル世代と言ってもかまわない)は、戦後当たり前のように「民主主義」が実現されているように思っていたのだけれど、今まさに「民主主義」の危機だという事態に直面し、実は「民主主義」について多くの人間に(もちろん自分も含めて)、それを確かめようという発想が無かったことに気づかされる。「民主主義ってなんだ?」というシンプルな疑問は、結果的に「自ら」に対して繰り返し投げかけられることになる。

そして彼らの用意した答えは「民主主義ってこれだ!」。そう「これ」なのだ。指示代名詞として中身は提示されていないけれども、私たちが同じデモの場所に立つことによって、「これ」は身体感覚を伴っての認識が可能になる。「これ」が個人個人の身体感覚を伴って横に連結され、また「これ」はそれぞれの意志を持って切断され、それがまた別の場所で別の個人の「これ」と再度連結され、そうやって中心を作らずに水平方向にどんどんと広がりを持っていく。それが関西や東北で立ち上がったSEALDsであったり、高齢者が立ち上げたOLDsであり高校生のT-ns Sowlであったり、子どもを持つ母親であったり安保法制に反対する創価学会員にまでも繋がってきている。それらはさらに別の集団とも連結可能でもある。こうして中心を持たない緩やかなシステムは、上意下達型のにそれに楔を打つことになるだろう。

SEALDsの主催するデモには「戦争法案に反対する国会前抗議行動」という名前が付いている。だからSEALDsについて取り上げる場合、「自分は戦争に反対である」という意思表示だけでは不十分となり、「戦争法案に反対か否か」こそが問われていることに注視したい。これは同じように見えて意味としてまったく違う。

周知のとおり、現政権になり国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護制定、武器輸出3原則原則廃止、他国軍への支援を解禁するODAの決定と「積極的平和主義」の具体化が進んでいる。ここに「安保関連法案/戦争保安」が加わった時には、取り返しのつかないだろう状況になるのは一目瞭然だ。戦争へ向けた歩みを止めるためにその最終的ラインを見極めるのが今問われていることなのだ。「大げさだよ!」という総理の発言をどう捉えるか(ちなみに安全保障の問題は別途考える必要はある)。SEALDsの戦略は、ここをあえて「戦争法案に反対か否か」一つに絞ることにある。端的に言ってこの法案は憲法違反の疑いが非常に強い。ちなみに未だに間違えている人がいるのだが、この場合の「対案」は不要だ。

解釈によって憲法を変えることを許してはならない。それが「戦争法案に反対」の意味する重要な部分だ。集団的自衛権は新3要件で限定しても違憲であり、さらに総理が固執し続ける砂川判決はその根拠にはならないことはすでに明らかなのだ。もし仮に集団的自衛権を行使するのであれば正当な9条の改憲手続きを取らなければならない。立憲主義が否定されこの暴挙を許したときには行き着く先は自民党の提示している憲法改正案で明らかだろうと思う。その時憲法9条は役割を終え、基本的人権は戦前のように無きものとなる。その危機感を共有できているかと今問われている。


SEALDs山本雅昭さんスピーチ
 『日本の安全保障のために多少の犠牲やリスクはやむを得ない』っていう日本語のおかしさがわかりますか?

デモにて8

去年2014年の12月に行われた第46回衆議院議員選挙の自民党公約には「特定秘密保護法」も「集団的自衛権」も記載されていない。「景気回復、この道しかない」というキャッチフレーズの「アベノミクス選挙」の結果は、戦後最低の投票率52.66%だった。安倍内閣になってから、国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護制定、武器輸出3原則原則廃止、他国軍への支援を解禁するODAの決定と「積極的平和主義」の具体化が進んでいる。


7月31日(金) 安全保障関連法案に反対する学生と学者による共同行動


ところで今まで特に取り上げてはこなかったものの、もちろん金曜のデモには継続して参加しているので、例えば公安警察がデモ参加者の顔写真を撮っているのも知っているし、国会議事堂前駅の出入口付近に国旗を持った右翼集団が待ち構える姿も、中核派がチラシを配り署名を求める光景ももちろん目にしている。SEALDsを巡って、その度ごとにSNSに見るに堪えない書き込みが溢れかえるが、この人たちは決してデモに来てそのリアルな空間に身を置こうとしない。ネット上でのコピペだけが不毛に繰り返される。

一方で(たぶん7月16日のことだったと思うのだけど)、高齢の(?)男性が「OLDs」と書いた自作のプラカードを手に声を上げている姿も目にしている。これもSNSで数々の目撃情報があがり、ついにOLDs(Otoshiyori for Liberal Democracy)として毎週土曜日に巣鴨で街宣をすることを決めたらしい。個の力こそが何かを変える力を持つ。

それにしても自民党議員の立憲主義や基本的人権を否定するようなとんでもない書き込みが目立つ…。

砂防会館で安全保障関連法案に反対する学者の会と学生と市民の共同集会の後、国会請願デモに出発する長い列。

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実はこのところ調子が思わしくなくベッドに突っ伏していたのだけれど、「ああ、デモに行かなきゃ…。」と誰から頼まれた訳でもないのにそれでもそう思うのは、このデモの繰り広げられる空間に、私たちの「希望」が語られる場が純然たる形として存在しているからに他ならない。今日の砂防会館の集会での女子学生のスピーチもそうだ。

「 私たちの行動の原動力は、はじめは憤りから来るかもしれない。しかし、目指すところは希望です。私は希望に向かって考え、行動し続けます。戦争法案を廃案にすることが、終わりではありません。その先にどんな社会を作っていきたいのか考えていきたいと思います。」

憲法学者の水島朝穂教授のスピーチ。26年前ベルリンの壁が崩壊するに至った東ドイツの市民運動を語り、そして今まさにこのデモの空間で起こっている「民主主義」について熱く語った。

「そして、『民主主義って何だ』って彼らが問うたら、『これだ』と言ったんですよ。私、初めて、憲法やって33年飯食って来ましたが、今日初めて憲法って何だって分かりました。これなんですよ。」


8月2日(日) T-ns Sowl 戦争法案に反対する高校生渋谷デモ


T-ns Sowl(Teens stand up to oppose war law))のデモ。今日は出発の様子だけ。

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「あれ、高校生いないな?」と思ったら、先導の車の後ろは報道の(?)カメラマン30〜40人ぐらいが押し合いへし合い…。その後ろに制服姿の高校生たちを確認。コールも初々しい。そのさらに後ろには大人たちの長い長い列が。民主主義は全国各地に、そして、あらゆる世代に伝播していく。それを「希望」と呼ばずにはいられない。

それから、これもSNSではよくある「デモでは政治は変えられない」という、ある意味で「良識的な大人」の助言(?)についてだが、その手の主張には、残念ながらこのリアルな空間で現在起こっている「こと」が拡散する「速度」に対する視点が欠けている(あるいは意図的に排除しようとしているのか…)。政治が変わるか否かは、最終的には主権者自身の意識が変わろうとするエネルギーから生じる衝撃力によるだろう。そしてそのエネルギーを底の部分でしっかりと支えているのは、つい最近まで不毛だと言われ続けてきた「デモ」に希望を持ち、それを継続してきた市民の力であり、70年間守り続けてきた平和と民主主義の理念であることは言うまでもない。

あいねさんのスピーチ

ここにいる人はなんでデモをしているかすごく不思議だと思うし、こうした活動って親からの影響なの?と思うかもしれない。けれど、私の親はすっごい普通のサラリーマンです。じゃあ、なぜ私がここにいるかというと、まず小学校4年生の頃にイラク戦争の存在、そしてPKOとして日本が関わっていた事を知りました。東日本大震災に小学6年生の頃にあい、原発事故を通して、もしかしたら日本って何が正しくて、何が間違っているか無関心でいたら気づかないのかなと思いました。

中学生の頃、戦争という言葉が遠い国の存在に感じ、平和ボケをした国民の一人だった私に衝撃を与えた、特定秘密保護法や集団的自衛権。そして、歴史にするには早すぎる過去を、日本人はすぐに忘れ、歴史のように終わったことのようにしまう。そんな少しずつの小さな違和感の積み重ねが、わたしに無関心でいたら日本ってもしかしたらやばいんじゃないか、と思わせてくれました。

私の将来の夢は戦争で困っている子供や、女の人たちを助ける事です。これは小学校や中学校で、第二次戦争大戦や中東での紛争を知り、この夢を叶えて、現地で困ってる人達を助けたいと思いました。だから日本が戦争の加害者になるなんて絶対に嫌です。

安倍総理は第二次世界大戦は侵略戦争だ、間違った戦争だと絶対に認めません。けど、わたしはいいきれます。あの戦争は絶対に間違った戦争です。二度と繰り返しては行けない歴史です。去年マレーシアに行った時、戦争慰霊碑を訪れました。そこで日本人が犯した罪を被害者の現地の人から直接お話を聞きました。すごい胸が苦しいかった、日本の事が大好きだから、日本人ってこんな事したんだって、すごい胸が苦しくなりました。

だから私は、70年も経ってる罪だけど償ない続け、罪から逃げようとする政権をわたしたちは許してはいけないと思います。そして、平和の為に武力を持とう、攻撃される前に攻撃を。そんな戦前と疑う様な発言をする政府のいうことを許してはいけません。私達は戦争の善悪さえ判断できない人に、私達の未来を預けて本当に良いんでしょうか?アメリカと肩を比べたい、もっと仲良くなりたい、そんな小学生みたいな欲望のために、私達若者はなぜ血を流さなければいけないのでしょうか。

高校生という名前が、自分の思いを社会に伝える一つの壁でした。わたしは政治の事を考えるのに、年齢なんて関係ないと思います。選挙権が無いから政治の事を考えちゃ駄目なんて、いつ誰が決めたんですか??もう政治がタブーなんて言葉、私達の時代で終わりにしませんか??そんなものが存在したため、安倍総理みたいな独裁者が生まれたんじゃないんでしょうか?

18歳選挙権、この言葉が形だけで終わりそうで、すごく怖いです。私は、この言葉が未来の子供達に希望を与える存在になって欲しい。私達が大人になっても戦後何十年という言葉があり続けるための、必要な存在で合って欲しい。高校生が選挙に行っても、何も変わらないと思ってる安倍総理に私はいいたい。あなたを政権の座から引きずり落とす存在に、18歳選挙権はかならずなります。高校生だって、思考し行動を続けます。学校の勉強や部活で忙しいし、本当は友達と遊びたい。デモなんてやらないで、私だって原宿に行ってショッピングしたい。けど、そんな当たり前の生活を守り続けるために、今声をあげなければいけないんです!一緒に民意をここで示しましょう!

2015年8月2日 私は戦争法案に反対します!

(さらに…)

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今日から8月。レモンの実は3センチぐらいになりました。ちょっと傷ついてますが、まあまあ元気のようです。

 

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8月18日からのGallrie SOLの小品展『極小展 in Summer』には、旧作ですが2012年制作の《Small Piece / Peace for the March(ミモザ)》の2点と写真1点を出す予定。基本的に0号限定の小品展なのですが、SOLさんにはお世話になっているので参加します。詳細は追って。

「来年」10月に誘われている「詩+SAX+映像」のコラボ的展示の準備。これはかなり手強い。完成品がビデオのプロジェクションになるので、映像を担当する自分の責任は重い…。詩だけでも1時間分あるそうなので…気が遠くなる…。とりあえず「あたり」として試し撮りを始めているのだけれど、先は長い…すごく…。暑いし…。

それから、数日前に来年3月にさいたま市で行われるイベントへの打診が来た。これはかなり面白そうだが、まだまだ企画段階なので話がまとまるかもどうかもわからないところ。今後の進展に注目。

デモにて7


7月24日(金)安倍政権NO! 首相官邸包囲


27日より始まる参議院での戦争法案(安保関連法案)の審議を前に、原発 安保法制 憲法 沖縄米軍基地 秘密保護法 TPP 消費税増税 社会保障 雇用・労働法制 農業・農協改革 ヘイトスピーチ 教育と、多くの問題を抱える安倍政権に異議を唱える団体が首相官邸前から国会議事堂を取り囲むよう集結した。

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相変わらず警察による過剰な規制が引かれる。ここのところ国会前だけでなく桜田門側の横断歩道でも北庭エリア方向への横断を封鎖している。入れ替わりの時間なので当然エリア中にスペースは空いているのだが…。日比谷野音での集会から移動してきた3000人がここで足止めを食っている。

入口での封鎖もさることながら、この日はスピーチエリア前でもバリケードによる封鎖があった。デモ参加者を分断し、通行の妨害をしている。こんなことは今回が初めてだ。それだけ権力側からの圧力がかかっているということだが、周知のように日本国憲法第21条で集会の自由・結社の自由・表現の自由が保障されている。過度な規制をかけるのは憲法違反である。警備があからさまに強化されたのは衆議員本会議で強行採決があった16日からだが、一方で、継続して彼らの動きを見ていると、時に組織としてではなく個々の隊員として「自分の言葉」で話すようになって来てもいることにも注目をしている。

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南庭エリアには照明が無く暗いなかでデモが行われている。ちなみに国会議事堂は20時までライトアップされている。SEALDsのいる北庭のステージに近い所。熱気がすごい。91歳になる村山元首相のスピーチもあった。

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そして今日の女子学生のスピーチから。彼女の言葉には、すでに安保法制のことだけでない安倍政権全体に対する強い怒りが滲む。

「先週、衆院安全保障特別委員会で、安保法制がクーデターとも言われるかたちで強行採決されました。沖縄では、県民同士を争わせ、新たな基地建設が進められています。鹿児島では、安全対策も説明も不十分なまま、川内原発を再稼働させようとしています。一方で、東北には仮設住宅暮らしを4年以上続けている人は、まだたくさんいらっしゃいます。あなたはこの状況が、美しい国日本のあるべき姿だと言えますか?」

平和についてこう続ける。

「被爆国として、軍隊を持たない国として、憲法9条を保持する国として、私たちには、平和について真剣に考え、構築し続ける責任があります。70年前に経験したことを、二度と繰り返さないと、私たちは日本国憲法をもってして誓ったんです。武力に頼る未来なら私はいりません。人殺しをして得たものを平和とは呼ばない、平和の名で人殺しをさせる法案は絶対に許すことはできない」

そして最後は

「私は安倍政権に退陣を求めます」という決然たる言葉で締められた。

*

前回SEALDsのコールについて書いたが、実際には声を発せずにその場に立つ人も大勢いる。自分もつい先日まではそうだった。だが、あえて彼らのコールの中に身を置いてみる。「民主主義ってなんだ」、「民主主義ってこれだ」。あるいは英語で「Tell me what democracy looks like? 」という問いに「This is what democracy looks like.」と答えてみる。繰り返し何度も「民主主義/democracy」という言葉を口から外に向けて吐き出してみることで、自分の中の「民主主義」というものの存在の空虚さに改めて気づく。今もこの文章を書きながら「民主主義ってなんだ」と繰り返し自分に問いかけている。

6月19日に初めてSEALDsのデモに足を運んだ時に「今日民主主義が終わったとしても、明日ここからまた始めればいい」という意味の言葉をひとりのメンバーのスピーチで聞いた。今まで考えたこともなかった強い言葉。日本国憲法第12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」

今日はトータル75000人の参加者があったという。凄いことだと思う。これだけ毎回デモに足を運んでいると主要なメンバーの顔を覚えてしまっていたりする。しかしステージの上では特別な選ばれた人のように見える彼らが、実は皆がコールで盛り上がっている間も、デモの状況を把握するために裏方として歩いていたりするのに気付いただろうか。奥田さんもさっきまでスピーチをしていた女子学生も目の前にいる。ごく普通の大学生でもある。

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もうすっかり夏。花が咲き、実がなるのは嬉しいもの。最近はデモブログばかり書いているけど、本当は美しくて優しく強いものが好きだ。

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久しぶりにライブに行った。吉野弘志さんbass & 須川崇志さんbass / cello のデュオ。

IMG_3361美しいものを聞いたり美しいものを見たりすることが、自分にとっても大切な時間であることには変わりなく、そういう日常が普通に大事にされるような国であるべきだし、そうあって欲しいと強く思う。演奏後、須川さんの1700年代のウイーンで製作されたコントラバスを囲み話に花が咲いた。以前はウイーン・フィルの演奏家の方が所有されていた楽器だとか。こうやって長い年月をかけて人から人へ大切に受け渡されていく歴史の尊さ。

デモにて6


7月17日(金)戦争法案に反対する国会前抗議行動


今日も「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」などの団体が国会を取り囲んでいる。15日、16日に続く連日の抗議集会にもかかわらず、多くの人が集結し戦争法案強行採決に反対の声を上げている。

 

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やはり年齢層が高いようだが、同時にそれは私たちの民主主義を守る為に、引き継がれてきた運動の長さも示している。19:30からは入れ替わりでSEALDsのデモが始まる。

金曜日ということもあり、本会議で法案が強行採決された前日よりも多くの人が集まっている。20時過ぎには北側のエリアは身動きが取れないぐらいになる。高校生も大学生も、小さな子供連れの人も、スーツ姿のサラリーマンも、個人参加のSEALDsの人たちから見れば祖父母世代の人たちも、一緒になって声を上げている。彼らのデモは、既存の団体には属さない人たちの受け皿となっているのがわかる。

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三日間連続のSEALDsデモを通しで見てみると、安倍政権の暴挙に対する強い怒りの二日間からステップを少し前に取り、この運動の新しいステージへと進み始めていることを感じる。考えてみれは6月末にはすでに強行採決の動きが見え、彼らにしても衆院の法案通過後を睨んでいたはずなのだ。悲壮感は皆無で、むしろいよいよ安倍政権を迎え撃つ闘志が漲る。参加者の方もSEALDsリピータが増え一体感がさらに深まっているのを肌で感じる。

デモは19:30にスタートし公式には21:30までとなっているが、実質的には10時を過ぎてもコールは続く。「報道ステーション」の生放送に乗せようという意図もあり、よく練られた戦術だと思う。3時間以上にわたるデモは実はメリハリがつけられていて、例えばコールだけ見ても最初は応援団かと思う程の重厚なそれから始まる。入れ替わりでまだ前の集団がその場に残る中、全ての世代を通して乗りやすいコールを心がけているようにも感じる。政治家、学者らによる幾つかかのスピーチを挟み、20時も過ぎるとコールがヒートアップしてくる。コーラーは何人かいるようだが、中でも一番求心力があるのはこの紅子さんのコールだ(ビデオは前日16日のもの。彼女のコールは7分ぐらいから始まるが、前の牛田さんのものとも聞き比べて欲しい)。

通常「シュプレヒコール」といえば、例えば「再稼働反対!」とか「原発いらない!」とか「二語文」を繰り返すことで連帯を示すものだろう。しかし彼女のコール(すでにシュプレヒコールとは言わないだろう)は何文節にもわたる言葉をリズムに乗せ、また日本語だけでなく英語も、あるいは¡NO PASARÁN! というフランコ独裁政権に反対するスペイン語も含め、自由自在に言葉を操り、参加者とのやり取りを加速させる。言葉の選び方については一部で異論が上がっているが(それは多分に世代的な違いもあるのだけれど)、彼らの若い世代がどういう言葉を求め、その言葉をどのように運ぼうとしているのかには注目をしている。コール後のスピーチも伏せて聞くとさらに理解が深まると思う。

若者たちの運動はもちろん全国に広がっていて、この日は「戦争をしたくなくてふるえる」の高塚さんが札幌から駆けつけスピーチとコールをした。北海道弁というのだろうか、「戦争法案なまらムカつく!」とも。

最後に強行採決後の16日に大阪の梅田駅で行われたSEALDs KANSAIの緊急街宣アピールから寺田さんのスピーチを是非。今私たちが(私たちの世代が)しなければならないことは、彼らの心からの言葉に対して真摯に、そして一語一語丁寧に耳を傾けることだと思う。それは、日本がこの状況になるまでなんら手を打つことができなかった我々世代の責任でもあるはずだ。「全て」を聞くこと無しに言葉尻だけを捉えた批判で自分たちの主張をうたう行為は、それが右にせよ左にせよ、たとえそれが正論であったとしても、単純に間違っている。

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2015年7月15日、安全保障関連法案(戦争法案)は衆院平和安全法制特別委員会で採決が行われ、自民、公明両党の賛成多数で可決、翌7月16日午後、同法案は衆院本会議で採決され与党などの賛成多数で可決、参院に送付された。強行採決である。審議の過程で、多くの憲法学者や内閣法制局長官経験者らが安保法案を「憲法違反」と指摘している。


7月15日(水)戦争法案強行採決に反対する国会前緊急抗議行動


戦争法案が衆院の委員会で可決した。朝9時から始まる審議の模様はNHKで中継されず、公式ウェブページもパンクしているので、やむを得ずツイキャスを視聴。与党側の答弁には真摯な態度は全く見られなかった。審議に必要な資料すら公開しないまま採決に持ち込まれる。傲慢という言葉以外にはそこに見つからない。

昼には国会前は「総がかり行動委員会」による座り込みが行われており、すでに多くの人たちが国会前を取り囲んでいた。18:30から総がかり行動委員会とSEALDsとの合同のデモ。上空にはたくさんのヘリ。

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委員会での強行採決に対しての強い怒りが満ち満ちている。19時の時点でまだまだ人が集まってくる様子。車道にも人が溢れ、一部の血の気の多い人と警察がトラブルになっている。その一方でデモに手慣れた団体の人たちが自主的に動き、若い子たちを前の方のスペースに送ったり安全に気を配ったりもしている。

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リーダーの奥田愛基さんには独特の話法があり、例えば「皆さんにありがとうは言ってませんよね。だって皆さん自分の意思で来てるんでしょ?」とか問いかける。冷静でかつ熱い言葉には強い求心力がある。コール(すでに従来のシュプレヒコールとは別物)もそう。

すべての場所に声が行き渡るような大きな拡声装置は「総がかり」の機材のようで、デモの途中で搬出されたのだが、ここからがSEALDsの本領発揮。手持ちのメガフォンでスタッフが分散し、それぞれの場を作りながらSEALDs独特のコールを続けて、最終的にはメインステージに戻して一体化させた。先週金曜は15000人だったが今日はおそらくその場だけでも4〜5万人はいただろうと思うがあっぱれだ。

 


7月16日(木)戦争法案強行採決に反対する国会前緊急抗議行動


今日の本会議も当初HNKでの中継の予定はなかったのだが、午後になって急きょ放送が決まったようだ。私は遅れてネットで全ての様子を視聴したが、共産党の志位和夫氏の反対討論の気迫が凄かった。是非一度。

昨日の混乱のせいか警察の警備の人数が尋常ではなく、SEALDsの時間に合わせるように続々と配備された。これは反原発デモの時でも見たことが無いレベルかと思う。普通考えれば昨日ほどの人の集まり方はないだろうと思うのだが…。

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警備の物々しさに比べデモの人々の表情は落ち着いている。「総がかり」からの人たちと静かに入れ替わっていくのがわかると思う。

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今日は憲政会館側にいたのでスピーチがゆっくり聞けた。SEALDsは戦略として、党派を問わず役員クラスの国会議員をデモに招いている。とにかく戦争法案を廃案に追い込むために野党の結束を求めているのだ。しかしまだ中には議員の側がこの場を宣伝に使おうとする(無意識なのかもしれないが…)ところもあり、あちこちでブーイングが起こるのだが、リーダーの奥田さんは笑いながら「突っ込みたい気持ちは俺もわかる。でもここは静かに聞いてほしい。意見は多少違っても俺たちには戦争法案を廃案に追い込むために協力してもらいたいから」と人々に呼びかける。そして議員の「若者のみなさん、私たちに力を貸して下さい!」の声には、逆に笑いながら「国会議員のみなさんこそ、我々に力を貸して下さい、お願いしますよ」と言う。どう見ても奥田さんの勝ちだ。でもこれこそが主権在民、国民主権ではないだろうか。

10時を過ぎた頃にやっとこの日最初の学生によるスピーチがあった。「安倍さん、あなたの答弁は国語のテストなら0点です!」とも言っていたし、「この場をさせてくれているメンバー、大人の人たち、警察の人も、ありがとうございます」とも言っていた。与党ばかりでなく全ての国会議員の人に彼らの生の言葉を聞いて欲しいと思う。何故この場に多くの人が集まってくるのか。今日のデモは4万人程の規模だろうか。私が最初に見たちょうどひと月前の6月16日のデモでは参加者はまだ350人だった。

17日も毎週金曜日に行う通常のSEALDsデモがある。「6分でわかる安保法制」というSEALDsの製作したビデオがある。