Blog

木戸駅より竜田駅まで

2014sol17

2年前2013年9月に友人3人でこの場所に来た(左の写真)。後から調べて、この場所が楢葉町前原・山田浜地区だと知った(翌年2014年の展覧会『うつくしいくにのはなし』で取り上げたのでよかったらご覧ください。テキストも是非)。

楢葉町は福島第一原発の20キロ圏内では比較的線量が低く、避難指示解除準備区域となっている。避難指示解除準備区域とは住民の立ち入りは可能だが夜間宿泊はできない区域という意味である。除染も進み去年2014年6月には不通だったJR常磐線の広野〜竜田間も開通した。今、再びこの美しい地を訪ねてみたいと思ったのは、政府の原子力災害現地対策本部は今年のお盆前に避難指示を解除する方針であり、現在住民との話し合いが持たれているとの記事(福島民報2015年6月18日付)を読んだからだ。

P1000593

いわき駅に入ってきた電車からは多くの子供たちが降り、それと入れ代わるように竜田駅までの常磐線に乗る。目的の木戸駅までは20分程、住民らしい数人とともに無人の駅に降りた。地図は家に忘れてきたがGoogleマップで何度も見ているのでこの地区の様子は頭の中にある。ここから海に向かって歩くだけだ。今日(6月28日)は日曜だが、住宅地にはほとんど人影はない。もちろん除染等に携わる作業員もお休みだ。

奥に住宅が見える。かろうじて家の外観は保っているものの津波の爪痕は深く刻まれている。さすがにカメラを向けることができない。いたたまれない気持ちだ。避難はできたのだろうか…。木立の背後、目と鼻の先が海なのだ。

P1000610
P1000611
P1000616
P1000617

花、そして津波に耐えた木々。想像していたより激しい波が打ち寄せるテトラポットの海岸。冬はもっと厳しいのでは。赤いコーンの先は行き止まり。

P1000623
P1000628

左手奥の高台は天神岬だ。除染で出た放射性廃棄物は黒いフレキシブルコンテナバッグに入れられる。意外なほどに線量は低く、どの辺りで測っても0.10~0.12μSv/hを保っている。実際、神奈川県のうちの近所でも0.10μSv/h位は普通に出るので、あまり変わらない状態だとも言える(自治体の公式の発表では0.05μSv/h位だが、丘を切り崩して造成している土地は飛散した放射性物質が溜まりやすいのだろうと思われる)。

P1000632
P1000634

前原地区の広大な仮置き場。ところで阿武隈高地に連なる何という山なのだろうか。

雨が多少強く降って来た。ちょうどこの辺りで車で移動する住民の方と出会った。3日に1度ほど飼っている鳩に餌をやりに自宅へ来るらしい。同じ前原地区でも彼のようにちょっとの差で津波の被害を免れた人もいる。自宅のリフォームも済みいつでもこの地に戻る準備はあるという。しかしインフラもまだ、瓦礫の撤去も帰還と並行して行う、という状態に不安を感じているそうだ。住民も戻る人と戻らない人とに分かれる。国は年間の被曝量の限度を1ミリSvから20ミリSvへと引き上げているが、彼の言葉の端からは年間1ミリSv(0.23μSv/h)の線は譲れないという意思が伝わる。当然だと思う。木戸川橋の手前まで送ってもらった。鮭が遡上する美しい河川。津波はこの川をも掛け上がったが…。

橋を渡ると北田地区。相変わらず周辺の宅地には人の気配がないが、道路の信号は動いており、時折自家用車とすれ違う。車の中からの視線を感じる。こちらは明らかに住民ではない…。

P1000640
P1000651

小高い丘を登ると木戸川を挟んで前原地区にある広大な仮置き場がはっきりと確認できる。黒いバッグはすでにシートで覆われている。

奥に見える煙突は広野にある火力発電所。原発事故後初めて福島から東京に電気が送られていたことを知ったのだが、この広野火力発電所からも関東に電気が送られている。

前原地区と奥に続く山田浜地区を見下ろす。YouTubeにはこの辺りから撮られた津波の映像もある…。

P1000655

展望台から見た反対側の景色。第一原発まで15キロぐらいか。事故さえなければ「遠い」と感じるだろう。天気が良ければ第二原発は見えるのだろうか。まだ廃炉の決定はしていないはずだ。

ここから竜田駅までは徒歩で30分ぐらいの道のり。道なりに歩くと、途中地元の土建業者だろうか、20台以上のトラックが止められていたりする。生活とは言わないが人の動きは想像出来る。

IMGP1873
IMGP1879

竜田駅周辺。楢葉町役場があるところだがやはり人気が無くひっそりとしている。小学校はもちろん閉鎖中。この辺りはスポット的に線量も上がり0.3~0.5μSv/hを超える。「ようこそ ならは町へ」。

P1000668
P1000673

常磐線はここ竜田駅で折り返しだ。富岡側は現在も不通、信号に貼られた×印が痛々しい。この先には有名な長いトンネルがあるそうだ。

そして海を望む相変わらず美しい景色。失ったもの…は大きい。


  • 2016年8月2日に再訪しました。

追記(リンク切れがのものは出典だけ残してあります)

9月5日に先送り 楢葉の避難解除 政府「来月10日」断念(福島民報 2015年7月7日)

楢葉町避難解除へ:副経産相「安心は心の問題」(毎日新聞 2015年7月7日)

記者の目:避難指示9月解除の福島・楢葉町 栗田慎一(いわき通信部)(毎日新聞 2015年7月7日)

福島・楢葉町 原発事故に伴う避難指示解除 (NHK NeswWeb 2015年9月5日)

楢葉の避難指示解除 全町避難自治体初 双葉郡復興先駆けに (福島民報 2015年9月5日)


コメントはまだありません »

No comments yet.

RSS feed for comments on this post. TrackBack URL

Leave a comment

CAPTCHA