2016年8月15日雑感

14 Aug 2015
先の戦争について言えば「言葉」が絞殺された時代であると認識しています。それは昨今の私たちの状況と似ていなくもありません。「言葉」とは何か。写真は去年の「安保法制反対」のデモの場(8/14)ですが、それは、若者たちが開き始めた「言葉」が、いかに他者の「言葉」と繋がり、それが「場」の力を持ち、別の「ネットワーク」と接続し拡張するばかりではなく、それが過去の戦争の時代の「言葉」と「記憶」に繋がり、それらを開放し、私たちの「身体の内」にその「言葉」を宿す…そんな体験でした。またそれを抑えつけようとする権力や自粛という形の内部圧力を、自分たちの身体で追体験する機会でもありました。「言葉」の渦巻く場に身体をさらすということ(リンク先には彼らのデモを見た3ヶ月の記録があります。ご覧頂ければ)。


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