デモにて10

戦後70年首相談話は閣議決定された。空虚な文言に包まれた…。
そして8月15日。


8月14日(金) 戦争法案に反対する国会前抗議行動


突然の激しい雨は真夏のアスファルトの熱を奪い、いつものデモの時間には少しだけ冷んやりとした風が流れている。お盆休みの金曜日、国会前にはいつものように多くの人たちが集まっている。いや、北側の歩道に立つ人はいつもより多いくらいではないか。適当な場所を探しあぐねて右往左往してしまった。なんとなく6月の頃のデモの風景を思い出した。

 

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普段のSEALDsデモでは見かけないいでたちの数名が、明らかに無作法な態度でデモの参加者にマイクを向けている。見かねた警察官に促されその場からは移動したが、程なく別の場所で言い争いが聞こえた。要するに彼らはネトウヨ仲間で、パソコンを抱えSEALDsデモをネット中継しようとやって来たらしい。

SEALDs単独のデモの場合、参加者と警察が揉めることは殆どない。人員をやや持て余し気味な警察2隊分20名があっという間にネトウヨたちを取り囲む。普段は過剰警備でデモへの妨害行為をしているとしか思えない国家権力も、今日のこの瞬間は私たちにも平等に働いてくれているように見えた。

ネット上では顔が見えない彼らの素顔をまじまじと見てしまった…。残念ながらほぼネットのイメージ通りの人たちだった。デモ参加者の「帰れ!」コールに押し出されるように、まあ、やはり威圧的で一方的な言葉を撒き散らかしてその場から退散していった。

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今日は対岸のエリアから道路を挟んでSEALDsデモを眺めた。これも6月以来のこと。

 

デモが始まるほんの1時間ほど前、安倍首相の戦後70年談話があった。ただ冗長で、内容は寒々しいものだった。少しだけ飾り付けられてはいるが(融和的とも言えるが)、結局のところ侵略戦争と植民地支配には何の反省もない、何のお詫びの気持ちもない、普段の自説の繰り返しに過ぎなかった。未来志向という彼らが、全体として何を切り捨て、何を進めたいのか(進めているのか)をみれば、例えば中等教育、高等教育に対して政権がどのような縛りをかけているのかを考えれば、その思考は単純に戦前の国家主義に回帰していることは明らかなのだが…。そして首相の掲げる「積極的平和主義」が、平和学者のガルトゥングが提唱する、つまり貧困、抑圧、差別といった構造的な暴力のない状態を意味する「積極的平和」とどれだけかけ離れているのか。

どうか若者たちの心の底からの叫びに耳を傾けて欲しい。私たちの国の首相はすでに聞く耳を持たないだろうが、せめて安保法制の容認を唱える大人には聞いて欲しい。彼らを取り巻く状況の変化について耳を澄ませ、彼らの言葉の一字一句に想像力を働かせ、未来に対する希望を語る彼らの言葉を真摯に、愛情を持って受け止めて欲しい。彼らの思考は単純な善悪の二元論をよりどころにしているわけではではないのだ。

 

長棟さんのスピーチ

「どうか、誰かは言う、「綺麗事」「理想」をここで叫ばせてほしい。

 戦争はしたくない。人を殺したくない。殺されたくない。武力ではなく、対話を。

この叫びが綺麗事であってたまるか。

明日は終戦から70年目の日です。終戦の前に亡くなったたくさんの命。終戦を迎えたにも関わらず、失われたたくさんの命。戦争を生き抜いて、私たちに命を受け継いでくれた命。そして私たちの命があります。

先の戦争は間違っていました。私は日本人として、何より人間として、戦争を繰り返してはならないという意思と責任を、たくさんの命から受け継いだのです。二度と繰り返してはならない。このために私は行動するのだ。」

 

何度も繰り返すが、私が始めて参加した6月半ばのSEALDsデモは300人を少し超える程度の人数だったのだ。今日のデモの参加者は8000人。一般的に思われているような、反対ありきの殺伐としたデモはここには無く、むしろ何か親密で暖かい空気すらこの場所で発生し共有されているのを感じた。

 

この日、奥田さんがスピーチで紹介した86歳の元海軍飛行予科練習生から寄せられた新聞への投書記事「学生デモ、特攻の無念重ね涙」に皆が涙した。

「安保法案が衆院を通過し、耐えられない思いでいる。だが、学生さんたちが反対のデモを始めたと知った時、特攻隊を目指す元予科練(海軍飛行予科練習生)だった私は、うれしくて涙を流した。体の芯から燃える熱で、涙が湯になるようだった。オーイ、特攻で死んでいった先輩、同輩たち。『今こそ俺たちは生き返ったぞ』とむせび泣きしながら叫んだ。

山口県・防府の通信学校で、特攻機が敵艦に突っ込んでいく時の『突入信号音』を傍受し何度も聞いた。先輩予科練の最後の叫び。人間魚雷の『回天』特攻隊員となった予科練もいた。私もいずれ死ぬ覚悟だった。天皇を神とする軍国で、貧しい思考力しかないままに、死ねと命じられて爆弾もろとも敵艦に突っ込んでいった特攻隊員たち。人生には心からの笑いがあり、友情と恋があふれ咲いていることすら知らず、五体爆裂し肉片となって恨み死にした。16歳、18歳、20歳…。

若かった我々が、生まれ変わってデモ隊となって立ち並んでいるように感じた。学生さんたちに心から感謝する。今のあなた方のようにこそ、我々は生きていたかったのだ。」

 

「その場にいた警察官が何度も涙をぬぐっていた」というツイートがあったが、まんざら嘘ではないと思う。今日は少し離れた場所で座っていた私の前を通り過ぎた警察官は、確かにSEALDsのコールを一言呟いたのだ。職務としては確かに叱責を免れなかろうが、警察官も自衛官も国家権力であると同時にひとりの個人であり人間である。自衛官ひとりの命でも粗末に扱って良いわけがないのだ。国内でテロが起これば市民も警察官も巻き添えを食うだろう。それは前回8月7日のの山本さんのスピーチにもあった。

「『日本の安全保障のために多少の犠牲やリスクはやむを得ない』っていう日本語のおかしさがわかりますか?
(本来)国がすることは、誰一人も死なせないし誰一人も人を殺させないことでしょう。それが国のさせることでしょう。誰一人として犠牲になっちゃいけないんですよ。国を守るんじゃなくて国民を守るんですよ。」


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