真冬の

forget-me-not

加島祥三訳のW. B.イエィツは美しいが、W. H.オーデンの翻訳には若干違和感があって少しだけ訳し直してみた。

手を入れるほど違和感を感じたはずの加島訳に近づいていくのはさすが詩人の力…だけれども、オーデン自身が「詩を読むとは翻訳することと同じだ」と言うくらいだから、まあ無駄なことでもなかろう。以下少しだけ。

He disappeared in the dead of winter:
真冬のさなかに 彼は消えていった
The brooks were frozen, the airports almost deserted,
小川は凍てつき 空港はどこも人影がまばらだ
And snow disfigured the public statues;
そして雪は 街の彫像の輪郭を変え
The mercury sank in the mouth of the dying day.
水銀計は 死にゆく日の入口に沈む
What instruments we have agree
我々の手元の計器でわかるのは
The day of his death was a dark cold day.
彼が死んだのは 薄暗く凍える日であった
ということだけだ
In Memory of W. B. Yeats / W. H. Auden
「W. B.イエィツを偲ぶ」W. H.オーデンより

アイルランドの詩人で「最後のロマン主義者」W. B.イエィツは、1939年の1月に亡くなった。イエィツといえば、アイルランド独立を夢見るナショナリストであり、ケルト精神の復興に尽力した詩人であった(「…詩人であった」としたのは、彼はそのことには挫折をしたからである)。

ドイツがポーランド領内に侵攻し、ポーランドの同盟国であるイギリスとフランスドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が始まる。それが1939年9月、イエィツが死んだ凍える日からから7カ月あまり後のこと。W. H.オーデンがイエィツを悼む詩を書いたのは、日常に忍び寄る戦争の、硬く乾いた靴音が聞こえるヨーロッパの冬の日々のことである。「くに」と「くに」が再び争いを始める…予兆。

写真は2週間前から撮り始めた忘れな草(今回の展覧会に出すものは2017年の撮影で、すでに額装済みです)。テスト中。


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